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2023.09.22

料理家・長谷川あかりさんに聞く「料理との心地よい付き合い方」。

仕事、家事、育児、介護などで毎日クタクタ。料理を作るモチベーションは湧かないけれど、外食やコンビニご飯が続くとちょっと罪悪感がある。そんな人を“救済”するレシピを発信するのが、料理家・管理栄養士の長谷川あかりさん。ヘルシーなのにちゃんとおいしい。手間が少ないのに丁寧に見える。自己肯定感を上げてくれるレシピを生み出す長谷川さんの料理に対する向き合い方を伺いました。

“正解”があるレシピ本の世界に救われた。

―長谷川さんは子役として芸能界デビューし、その後、20歳で引退。22歳で栄養学を学ぶため短大に進学されたそうですね。料理に興味を持つようになったきっかけ、そして、学校で学ぼうと思われた理由は何でしたか?

小学生の頃から芸能の仕事をしていて、自分はずっとこの世界にいるものだと思っていました。仕事は楽しかったですが、高校生ぐらいから芸能の世界にははっきりとした答えがないということにモヤモヤを感じるようになったんです。努力をしても結果に結びつかないことも多く、何を目標にして頑張ったらいいのかわからなくなっていました。

そんな時、心のよりどころになったのが料理でした。私の家では時々父がレシピを見ながら料理を作ることがあって、すると、今まで食べたことがないようなおいしい料理が目の前にでてくるんですね。それがいつも嬉しくて。私にもできるかも、と、レシピ本を買って料理をするようになりました。初心者で全然技術もないのに、レシピ通りに作れば必ずおいしい料理ができてみんな喜んでくれる、この、正解がある安心感が本当に心地よかったんです。

高校卒業後も芸能活動は続けていましたが、なかなか辞める決断ができずにいた21歳の直前に当時付き合っていた方からプロポーズを受けました。「引退するのにちょうどいいタイミングが来た!」と思って(笑)、結婚と同時に芸能界を辞めたんです。その後、大学に進学したのは夫のおかげです。高校生の時、大学に行きたいなと思っていたのですが、芸能活動との両立は難しいだろうと諦めていたことを夫は知っていたので、「今からでもいいじゃん、学校に通ってみたら?」と背中を押してくれました。

せっかく学ぶんだったら、好きな料理のことを本格的に学ぼうと。栄養士の資格が取れる短大に進み、その後大学に編入して、管理栄養士の資格を取得。26歳で卒業しました。

―大学卒業後、料理家になろうと思ったのはなぜですか?

比較的若い頃から食事や栄養のことに気をつかっていましたが、実際に学んでみると、思っていたほど栄養学は単純じゃないということがわかりました。たとえば薬のように、特定の栄養素が含まれるものを食べればピンポイントですぐに効果が出るということではなく、いろいろな食べ物を長期にわたり偏りなく食べることで、体がちょっとずつよくなっていくという、もっと複雑で曖昧なものなのです。でも、それを知ったからこそ、改めて心と体を支える料理の大切さを実感して、そういったことを日々の献立を通じてもっと楽しく、わかりやすく伝えたいと思い、料理家になろうと思ったんです。

―大学を卒業した翌月から「管理栄養士・料理家」として、SNSでレシピを発信されるようになったとのことですが、長谷川さんの料理は手間をかけすぎないけれど体に優しくて、自己肯定感を上げてくれる点が特徴だと感じます。そういった料理はどうやって生まれたのでしょうか?

高校生の頃は料理はあくまでも趣味で、時間をたっぷりかけて凝った食事を作っていました。でも、結婚生活と同時に学業がスタートし、「毎食余裕を持って丁寧に作れないぞ」と気づいて(笑)。あくまでも料理は生活の一部。でも、手間をかけて作るおいしいご飯の味も知っているし、毎回手抜きをしたいわけではない。レトルトカレーを温めるより、具材を切ったり、炒めたりする手間はかかったとしても、作ってよかったと思える“ちょうどいい料理”のレシピがなかったので、自分で作るようになりました。私の料理は言葉で表すのが難しいのですが、時短・簡単料理と、手間暇かけて作る本格料理の間をつなぐ“インスタント丁寧料理”だと思っています。

今は、バズるために“映え”を意識したり、“時短・手軽”レシピが人気ですが、自分がSNSで発信するならあくまで普段作っている料理にしようと思っていました。当初私の料理がどれだけ需要があるのかはわからなかったのですが、届けたい人のイメージは明確にあったんです。

―どういう人に届けたいと思っていたのでしょうか?

私と同じように食の大切さや料理の楽しさもわかっているものの、なかなか手間と時間をかけてごはんが作れないという人に届けたいと思いました。私の料理は簡単かと言われればそうではなく、ちょっと手間のかかるところもあります。でも、それがあるからおいしさを底上げしてくれていますし、料理をしたという満足感もある。レシピを発信すると「こういう料理が作りたかった!」と好意的な反応をもらえてうれしいですね。

インスピレーションはレストランやスーパーで

―長谷川さんのレシピにはきゅうりをバターで炒めたり、醤油だけで味付けした唐揚げがあったりと、素材の使い方がおもしろいなと思います。どうやってレシピ開発をされているのでしょうか?

開発というほどのものでもないんですが、私は最初から使う食材、調味料の分量、調理法、料理名を組み立ててから試作をするんです。

―頭の中でほぼレシピが完成しているんですね。

そうですね。日頃からスーパーの中を回りながら“これとこれを組み合わせたらどんな味になるんだろう?”とか、レストランのメニューを見て味を想像するのが好きで。頭の中の方がいろんなアイデアが自由に膨らむので楽しいです。キッチンにいるよりもパソコンに向かって、料理名や素材の組み合わせを考えている時間のほうが長いですね。キッチンに立って料理を作り始めると案外いつも通りの味付けになってしまって現状を越えていかないんです。「レシピをつくる」というのは、芸能のお仕事をしていた時と同じで、正解のない領域。ですがとりあえずはあまり硬く考えず、自分の直感を信じてレシピを考えています。また、大学では、素材に対して何%の塩をつけたらいいといった「調味%」の知識を身に付けたので、大間違いの味になることがありません。実際に作ってみて、思ったよりパサついているとか、深みが足りないと思ったら微調整する程度。おいしくない料理は作りたくないから、“これはイケる!”と思ったものじゃないと作り始めないんです。

―想像以上においしくできた料理はありますか?

「豚肉とかぶのゆかりクリーム煮」ですね。これは“ピンク色のかわいい料理”が作りたいと思って生まれたレシピなんです。最初はたらこのクリーム煮にしようかと思いましたが、ちょっと普通すぎると感じ、冷蔵庫を見たら、紫蘇のふりかけがあったので、これでピンクになるんじゃないかとひらめいて。紫蘇の酸味と乳製品は相性がいいですし、煮込むとかぶも柔らかくなるから良さそうだなと思って作ってみたら、想像以上で。「マジ?こんなにおいしくなる!?」と声が出てしまうほどおいしくできて驚きました(笑)。ご飯と合わせればワンプレートで食べられるので、SNSでも人気の高いレシピの一つですね。

長谷川あかりさんのSNSより
https://twitter.com/akari_hasegawa/status/1604080756623802373

―レシピの発信を続けていく中で意外な反応はありましたか?

料理初心者の若い方にもチャレンジしてもらえているのが意外でした。私の料理はちょっとした手間をかけるだけで“本格っぽい”味になるので、ちょっと背伸びして作る料理としても受け入れられているんだなと。ホームパーティや大事な人に振る舞う料理の入門編として親しまれているようでうれしいです。

“ふつうにおいしい”を作る

―長谷川さんのレシピはきちんと栄養があるのに食べ疲れしませんよね。そういったこともレシピを考える上で大事にされていますか?

そうですね。私は家のごはんが全て外食みたいに“おいしすぎる”必要はないと思うんです。レストランの味は一口食べて「おいしい!」と感じられるように設計されていることが多いですが、それを毎日食べ続けるのはちょっと重たい。日々の家庭料理はそういうエンタメではなくて、ちょっと薄いかなぐらいの方が食べ終わった時に「明日も食べたい」と思える。それが食べ疲れないことにつながっているのかなと感じます。

―長谷川さんは料理をしたくない日はありますか?

あります。そういう時は惣菜を買ってきたり、カップ春雨を食べたりしています。でも、ほんのちょっと作る元気があれば、玄米のパックご飯を温めて、お味噌汁くらいは作るようにはしているかな。その方が体が落ち着くので。やる気はないけど、外食するのもちょっと違う、という時の自分なりの“駆け込み寺メニュー”がいくつかあるといいですよね。

―長谷川さんの“駆け込み寺メニュー”は何でしょうか?

「鶏肉とカブのネギ塩あんかけ」は包丁いらずで、工程が少ないので手軽に作れます。材料を鍋に入れて、15分火にかけて放置して、最後に水溶き片栗粉で作った餡をかけるだけの料理です。時短料理は早く完成しますが、短い時間のなかに工程がたくさんあって大変なので、時間はかかっても手間がかからない料理を作ることが多いですね。待つ間にお腹が減ったらカニカマを食べたりして、空腹を和らげたり。私はすべてのメニューを用意してから食べ始めなきゃいけないと思ってないんです。なので、料理の完成を待つ間によくフライングしています(笑)。元気が出ない時は、もずく酢を飲んだり。すると、やる気20%ぐらいだったものが70%ぐらいに上がって、料理が作れるようになる。私はこれを“もずくショット”と呼んでいるのですが(笑)、カロリーが低く、食前でも罪悪感なく食べられるのでおすすめですよ。

―たしかに。すべての料理が揃ってから食べ始めなくてもいいと思っていたら、ちょっと気が楽になります。

そうですよね。あと、仕事終わりに買い物に行くのが面倒な時はとりあえずコンビニなどに寄ってヨーグルト飲料を買って飲んでいます。適度な糖度を摂取することで、エネルギーが湧いてくるんです。

料理は毎日作らなくてもいい。だから、続けられる。

―忙しい日々の中で、セルフケアはどんなことをしていますか?

特別なことはしていないですが、やっぱり日々の食事がセルフケアになっています。食べたいものをきちんと食べると心と体が満たされますよね。自分が欲しているものと実際に食べているものがズレてくるとしんどくなるので、なるべくズレないように。無性にジャンクフードを食べたくなることもありますが、我慢してもストレスが溜まるので、気にせず食べます。でも、それが続くと体に不調が出やすいので、そこは調整しながら。ジャンクフードが食べたい時は疲れていることが多いので、睡眠時間やお風呂の時間を長くとるようにしています。

日々の料理は心と体を満たすもの。でも、完璧を目指すがあまり、頑張りすぎて疲れてしまったら本末転倒ですよね。私が料理を好きでい続けられているのは、料理をしたくない自分を否定していないからだと思います。手を抜けるところは抜くし、作りたくない時は作らない。そういう気軽さでこれからも料理を楽しみたいですし、「作ってよかった」と思える料理を発信していきたいなと思います。

  • Text/Mariko Uramoto
  • Photo/Kayo Sekiguchi
  • Edit/Riku

プロフィール

長谷川 あかり

1996年生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、2022年から本格的に料理家・管理栄養士として活動。SNSで発信していたオリジナルレシピが話題になり、雑誌やwebなどでレシピを提供するように。著書に『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』(KADOKAWA刊)、『つくりたくなる日々レシピ』(扶桑社刊)。9月26日に最新刊『材料2つとすこしの調味料で一生モノのシンプルレシピ』(飛鳥新社)が発売。

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