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2022.08.12

変わりゆく自分を生きるために。木本梨絵が実践する「今」に集中するルーティン

クリエイティブディレクターとしてアートディレクションやデザイン、業態開発などを幅広く手がける木本梨絵さん。「仕事と生活は限りなく溶けあっている状態」と語る木本さんのお仕事には、一貫した「木本さんらしさ」があふれています。そんな木本さんが仕事も生活も、自分軸で生きていくために日々実践しているルーティンを伺いました。

自分とは脆く、フラジャイルなもの――変わりゆくことこそがあたりまえ

「自分軸」ってとてもフラジャイルな、脆く儚いものだなと思っています。もしかしたら自分も周囲からは軸があるように見えているのかもしれないけれど、実際はブレブレ。一年前の自分の日記を見てもいってることが全然違います(笑)。これからも軸は定まらないまま、今の自分が感じる「心地よさ」を大切にしながら変わり続けていく感じなのかな? と考えています。

アスレティアがよいなと感じたのは、「Strengthen Yourself――ゆらいでももとに戻る、しなやかな美しさ」というコンセプト。「ゆらいでも」というところがすごくよいなって。日々とても不器用に生きていて、ぶつかったり、泣いたり、ときには喧嘩もしたり、とてもゆらいでいるので、「確かにゆらいでいるけど、また戻ってくるよね」と、完璧を前提としないところにとても共感したんです。

アスレティアの商品を使っているみなさんも、がんばって生きているからこそ、そのスタンスに共感して購入されているのかもしれません。「もっとがんばれたのに」とつい思ってしまうことがある。でも、ちょっと気楽に、不完全な自分を否定せず、これはこれでいいよねと認めてみる。自分らしさとは脆く変わりやすいもの。変わりゆくことこそがあたりまえだという前提を持っておくことは大事なのかなと思っています。

athletia journalの創刊イベントにて。「仕事も生活も自分軸で生きるには?」をテーマに木本さんにトークいただきました。

美しいものを3つ数える。京都で学んだポジティブアクション

2ヶ月前に京都に座禅を組みに行ったときに、「毎日なかなか生きづらいんですけど、どうしたらよいですか?」とお寺の副住職の方に聞いたんです。そこで「簡単だよ」って教えていただいたのが、毎日美しいものを3つ数えること。

たとえば人間の左腕がネガティブ筋肉、右腕がポジティブ筋肉だとしたら、人間は左腕だけが膨張しているような状態なんです。それならば右腕を鍛えればいいという話で。「今日は雨の雫がきれいだったな」とか、「お菓子をくれたあの人、ちょっとやさしかったな」とか、美しいものを3つ数えることを毎日続けると、どんどんポジティブ筋の筋トレになって、ポジティブなものを感知するシナプスがつながっていくんですよ。私はTwitterに専用アカウントを作って、寝る前に日記みたいな感じでその日の美しいものをメモしています。140字あれば大体3つ書けるので。

こうやって書き溜めるのは最近のことですが、5年ぐらい前から美しいものを写真に撮り溜めてはいました。「あっ、きれい!」と思ったときに写真を撮って、あとで「なんできれいなんだろう?」って考えて……ということを、もともと日常的に続けていた。そんな行動を重ねているうちに、目が鍛えられて世界が変わるんです。そうすると、見過ごされてしまいがちな、世の中のささやかな美しさみたいなものにいちいち反応できるから、けっこう幸せです。

木本さんが撮り溜めている美しいものの写真

焦ったときは散歩だけしたら大丈夫。「急がば散歩」の極意

私は「急がばお散歩」っていってるんですよ。「急がば回れ」じゃなくて「急がばお散歩」。とりあえず焦ったり余裕がないときは散歩だけすれば大丈夫。歩いてるときって脳が活性化して、思いもよらなかったことを思いついたり、引っかかっていたことから解放されたり一番思考が開放されるんです。

散歩にはバリエーションがあって、ラジオを聴きながら歩く散歩、自然の音に集中してひたすら歩く自分に向きあう散歩、音楽を聴く散歩……いろんなパターンがあるんです。友人とお散歩しようと集まることもあります。「じゃあ代々木公園でそろそろまたお散歩するか」と、おしゃべりしながらたまに写真を撮って歩いてる、みたいな。散歩を目的に集まるってあんまりないじゃないですか。でも、散歩ほどに人の心を癒すこともない気もする。ちょっと時間があったときに、仕事や読書もよいけど、あえて散歩という意味のなさそうなことに時間を費やすと、結果的にいろんなことが効率的にできたりします。救われますよ、お散歩すると。

「今」に集中する精神的省エネを心がける

心とからだのコンディションが悪いときは、過去か未来に悩んでいることがほとんどです。砂時計があったとしたら、本当はその真ん中だけを見ていればいいのに、減りゆく上の部分や、落ちた後の下の部分ばかり見ているから心が疲れちゃって、からだも疲れるのかなと。過去と未来に縛られずに今に集中することが、何より大事だと考えています。

江戸時代の沢庵禅師という偉いお坊さんの説法に「前後際断」というお話があります。過去も未来も断ち切って、今を生きなさい。そうでないと全然健全じゃないよ、というようなお話です。確かに、未来の不安は、起きてしまえば全然大したことではなくて、不安が増幅しているだけだった、みたいなことが往々にしてあります。

だから「なんだか辛いな」と思ったときは、サウナに入って今熱いとか、筋トレをして今きついとか、目の前の「今」以外のことを考えられない状況を能動的につくります。すると意外とそんなに悩むようなことはないと気づけるというか。「今」にいかに神経を研ぎ澄ませることができるかに意識をむけると、少しは生きやすくなります。精神的省エネですね。余計な前後を考えても充電が切れるだけなので、考えない。とにかく今に集中するというのが、コンディションを整えるには一番よいです。

変化を恐れず、一人一人の声に耳を傾けることを大切に

自分なりに心がけて続けていることは、人の話を聞くこと。私はHARKENという会社をやっているんですけど、“HARKEN”の意味がドイツ語で「耳を傾ける」という意味なんです。自戒も込めて「人の話を聴けよ」っていう会社名。私はせっかちなので結論を出しがちというか。「じゃあこうしましょう」、「つまるところこうですよね」とすぐ言葉にしてしまうところがあったんです。でもブランドって、クライアントさんやチームのメンバーのみんなの意見からできていくもの。一見一人で進めたほうが速い気もするけれど、一人一人に耳を傾けて、それらの言葉を整理していくということはすごく意識してやっています。

木本さんが手がけてきた仕事の数々。自然環境における不動産開発「DAICHI」、湖の自然を楽しむ野外イベント「湖畔の時間」など。

木本さんが商品開発をする間伐材を飲む国産ジン「草木酒」

耳を傾けるというのでいうと、人に勧められたことも、なんでもすぐにやっています。「ここがだめだから直したら?」といわれたら割とすぐ直します。直すと大体よい方向に行くんですよ。いう側も相当な労力を使って、正しいことをいってくれてるんですよね。だから「あの本はおすすめ」とか「あそこに行った方がいい」……時間はないですが、ないなりにすぐやるようにしています。

私は「壮大な不実行よりも些細な実行を」とよくいっていて。些細なことでよいから、ちょっとでもアウトプットすることによって、進んでいけると考えています。インプットだけして「感動した」、「明日もがんばろう」っていってるだけでは何も変わらない。感動したから「今日、絶対これやろう!」と、感動、実行、感動、実行……をくりかえし実践していると、どんどん環境も変わります。「一緒に観た映画おもしろかったね、明日こういうの書こうよ」とか、「これおいしいから次、商品開発しようよ」とか、行動しているといつの間にかまわりも能動的な人の多い環境になっていき、相乗的にますます自分も能動的になっていく。するといつの間にか、行動を起こす前には見えなかった景色が見えてきます。

  • Text/Shihoko Nakao
  • Interview/RIKU(REING)
  • Photo/Kayo Sekiguchi
  • Edit/Yuri Abo(REING)

プロフィール

木本梨絵

クリエイティブディレクター。1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。日本草木研究所共同代表。武蔵野美術大学非常勤講師。業態開発やイベント、ブランドの企画、アートディレクション、デザインを行う。担当している主なプロジェクトに、テクノロジーであたらしい暮らしを実現する「NOT A HOTEL」​、自然環境における不動産開発「DAICHI」​等。グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑等受賞。