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2023.01.06

心が還れる場所を作っておく / 仁田ときこ

一年の目標を立てたり、新しいことを始めてみたりと、自分に焦点が当たる新年。そんなタイミングだからこそ、改めて自分自身を見つめなおしてみてもいいかもしれません。今回は、自分にとっての気持ちいいを見つけるためのヒントになるコラムをお届けします。
執筆いただいたのは、地方へ足を運び、その土地の風習や伝統、文化を取材するライターの仁田ときこさん。
仕事に子育てと忙しく生きる中で見つけた大切なこと、自分を喜ばせるためのルーティンを教えていただきました。

「あなたのために」と言われた言葉で、私のためになったものはない。
私の残りの寿命は、好きなことで使い切る。

私は今40代半ばで、息子2人を育てる母ですが、年がら年中旅をしています。というのも、地方の文化を執筆することが多いから。時代の波に埋もれて、もうすぐ消えていくかもしれない風習や手仕事にどうしようもなく惹かれるのです。とりわけ、取材に入る前は、その土地の歴史や文化を勉強するため、図書館に入り浸ります。気分転換に海辺で読書に没頭することも多々。ということで、我が家の男性陣は、それはそれは逞しく育ちました。息子だけでなく、夫も。

夫は毎日5時半に起きて、海辺をランニングし、神社に参拝してから、家族の朝ごはんを作ります。それがもう、私の作る料理よりおいしい。具沢山のお味噌汁に、炊き立てのごはん、熱々の焼き魚、そしてジューシーなだし巻き卵。温泉宿かと思うほど、100点満点の食卓です。そんな光景を見るたび、男は男らしく、女は女らしくの時代はついに終わったのだと感動します。実際、会社や社会の根底には残っているのでしょうが、きっと多くの人は本能で「男だから女だからと型にはめなくて良い」とわかっているはず。

とはいえ、子どもたちが小学校に入学する前は、夫は地方に単身赴任中で、母1人・子2人の母子家庭でした。すると、家の中に大人は私のみ。残りは怪獣なわけです。まず、言葉が通じない。仕事からクタクタに帰宅した18時から大運動会。夕食の支度、サッカーの相手、夕食の片付け、ちょこっと勉強、入浴、寝かしつけ。相談相手がいない狭い箱の中では、どうしても「母はこうあらねば」という呪縛に囚われて、うまくできない自分に嫌気が差していました。

そんな時、会社勤めの独身男性に「それって時間の使い方が下手なんだよ。仕事ができない奴ほど、忙しい忙しいって言うのと同じだね」と言われました。

人の言うことを真に受けがちな私ですが、その時は不思議と「そっか。私は時間の使い方が下手なのか」とは思いませんでした。その代わり「お前も一人で子育てしてみろ」と、そのまま口に出たことを覚えています。今思うと、完全に逆ギレですね。ホルモンバランスが乱れに乱れていたのではないでしょうか。あの時の男性には悪いことをしました。だって、彼は私ではないし、子育て中の身でもない。母親の突発的な忙しさを想像できるわけがない。

今ある状況は、すべて自分の選択の結果なわけで。二人の子どもを産んだのも、夫の単身赴任に付いていけなかったのも、自分が招いたこと。で、そのとき思ったわけです。残りの寿命が何年かわからないけど、ここから先はもう自分の好きにやってやる。忙しくて結構。時間の使い方が下手で結構。自分の好きでそれを招くなら納得できる。料理が下手でも、一週間にひとつは新しいレシピにチャレンジするから。代わりに仕事を通して、子どもたちにはいろんな世界を見せようって。

私の孤独は、取材と執筆をやり切ることで埋められた。

私を迷える母親業から救ってくれたのは仕事でした。家事はエネルギーを使う割にお給料という形にはならない。でも、執筆は自分の労力をお金に換算できる。時に、相手から感謝もされる。取材して原稿を書いて、そこでは好きな世界の話ができる。ママ友や園の先生たちでは埋められない孤独が埋まっていくようでした。

子どもたちが小学校にあがったのを機に、私は海と山に囲まれた葉山に引っ越しました。そこで、完全に振り切れたように思います。葉山には、自分の得意分野で仕事する人が多かった。好きなことに夢中になっている人が多かった。何より、近所のみんなで子育てをして、お互いにいろんなことを頼みやすかった。

私は母親業で評価されなくていい。育児や教育で「あなたのために言ってるのよ」という恩着せがましい人がいたら、それはその人のエゴと押し付けだと認識しよう。という気持ちになりました。

それからは、旅の取材に備えて、体を鍛えるのが日々のルーティン。鍛えるといっても、性格上ストイックにはなれません。心地いいと感じる程度にマラソンしたり、サップをしたり、テニスをしたり。近所の山を登ったり、移動はできるだけマウンテンバイクを使ったり。

山奥での撮影や、秘境と呼ばれるような場所にも足を運ぶので、やっぱり体が資本です。筋肉はほどよく欲しい。私のまわりには50、60歳になっても快活に仕事している女性が多いので、そんな姿をお手本に、これからも体を健やかに愛でていきたいです。健やかな体は、やっぱり健やかな精神を作るから。

自分の体質と折り合いをつける。何が気持ちいいかを常に模索する。

そのために、気をつけているのは、心と体のバランスです。健康をキープするための商品が世の中には溢れていますが、これさえ摂取していたらオールOKというような魔法のアイテムはなかなかありません。強く効くものは、それだけ副作用もある。40年以上生きて色々なものを試してきましたが、やっぱり自分の体質とは、自分で折り合いをつけなくてはいけない。

快調のときもあれば不調のときもある。自然界に四季があって常に変化があるように、私たちの体にも毎月のように波がある。それはとても自然なこと。だからこそ「自分が気持ちいいこと」には貪欲でいたい。何をしたら自分の心と体が喜ぶかをよく知っている人は、それだけで暮らし上手だと思います。

ちなみに私は、体が冷えれば、心も頭も冷える。海辺に暮らして体が冷えやすいからこそ、体を温めることは欠かせません。足元を冷やさないためにソックスの重ね履きをする、お腹を温める、手作りの酵素ドリンクを飲む、地域で採れたものを食べる。

仁田さん愛用の温活グッズ。左は、お手製の酵素ドリンク、右は、冷えとりのソックス。

心が乱れたら、写経や写仏に取り組みます。近くのお寺でも、自宅でもできるので、月一回は行っています。渋いねってよく言われますが、思う以上に心に静寂が訪れて、終わったあとはスッキリしますよ。これからも、自分が気持ちいいというカードを少しずつ増やしていきたいです。

  • Text/Tokiko Nitta
  • Photo/Yui Sakai
  • Edit/Riku

プロフィール

仁田ときこ

編集・ライター。1978年生まれ。古くから伝わる地方の風習や祭祀、伝統工芸などをテーマに、さまざまな媒体で旅の原稿を執筆。最近は自分で撮影して、旅のコラムを書くことも多い。海と山に囲まれた葉山で、家族4人で暮らす。

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